2021.11.11 Thu.

なぜ『UXグロースチーム』が必要なのか?前編

2021.11.11 Thu.

なぜ『UXグロースチーム』が必要なのか?前編
2020年10月12日にビービット主催のUX企画力向上セミナー『なぜグロースにUXチームが必要なのか? データ・AIによる顧客体験の発想と共有』をオンライン開催しました。第一部では書籍『アフターデジタル』の著者であり当社東アジア営業責任者である藤井が、第二部では当社佐藤が登壇しました。この記事では、前編で藤井がお話しした内容『UXアップデート業務における顧客体験の発想と共有』をダイジェストで読むことができます。

この記事のまとめ

  • 1. アフターデジタルの世界では、「行動データがたくさん出てくる」という時代環境をまず捉える。
  • 2. 行動データが得られると、最適なタイミング、コンテンツ、コミュニケーションで価値提供ができる。そのためには製品販売型ではなく、体験提供型にビジネスの焦点を置くべき。
  • 3. UX (顧客体験)が良くないと行動データは得られない。UXの向上と行動データ収集のサイクルを回すことが重要。
  • 4. 行動データの時代には、このサイクルを回しUXをアップデートし続けられるUXグロースチームが必須。
  • 5. UXグロースチームではグロース業務とコンセプトワークの2つを、皆で作った「世界観」の元で行っていく。
  • 6. データとAIを使ってユーザインサイトを得て、課題の発見と解決策の発想に活用することをおすすめする。

今UXがなぜそんなにも重要なのか=アフターデジタル概論=

自著『アフターデジタル』でもお話ししていますが、私はとにかくUXが重要と言っています。なぜ今、UXがそんなにも重要なのか、今日は改めてこのことについて、世の中の変化の文脈から語っていければと思っています。

捉えるべきはアフターデジタルの世界観

今までオフラインだった行動が、だんだんとオンライン化していることは、みなさんもなんとなく認識されていることと思います。
支払はPayPayやauPay、食事もUber Eatsや出前館を使うようになりました。
このようなことが進んでいくと、「リアルがメインでデジタルはおまけ」という構造から、「SNSやWEBサイトとったデジタルでいつも顧客と接することができる状態が当たり前で、たまにリアルに来てくれるような世の中」になっていくというのが「アフターデジタル」の世界観になります。

リアルが重要ではなくなってデジタルが最高、というわけではなく、むしろ、デジタルとリアルが融合していく時代になっていくことを捉えることが大切だと思っています。
そして、この「アフターデジタル」の世界の中で一番重要なのは、今までは属性データ程度しか得られなかった時代から、行動データがたくさん得られる時代になるということです。

行動データの時代、体験全体での価値提供へ

行動データで何ができるかというと、お客様の最適なタイミングやその時に欲しいコンテンツ、もしくはその時にふさわしいコミュニケーション方法がわかるようになります。

属性データしかないと例えばこうなります。
「この人はこれくらいの年代で、こういうことを知っている。こういう場所に住んでいる人だから、きっとビジネスの意識が高く、ビジネス書でこういうものをおすすめするのが良い」という仮説が立ったとします。

しかしユーザーが仮に運動しているときにビジネス書のおすすめ情報が届いても「ちょっと後にしてくれ」と、無視されかねません。つまり最適なタイミングやコンテンツ、コミュニケーションというものは、属性データからはなかなかわかるものではないのです。

一方で行動データが得られれば得られるほど、最適なタイミングで価値提供ができるようになります。これは今まではなかったデータです。モバイルやIoT、センシングのような、様々な技術革新が起こったことによって得られるようになりました。

行動データが得られるこの時代、物をただ売っているだけでは、「タイミング」のデータしか残らないので、最適なタイミングという幅も、最適なコンテンツという幅も、すごく狭くなってしまいますよね。
ですので、物をただ売るだけというモデルから、顧客の置かれている状況 −自己実現したいとか、美しくなりたいとか、もしくはこんなことに困っているという、いわゆるペインポイント− に対して何かしらサービスやソリューションや価値を提供することは、顧客に寄り添った体験提供、つまりUXを提供し続けるということができるようになる、つまり最適なタイミングコンテンツコミュニケーションでの価値提供ができるようになるということです。

体験(エクスペリエンス)が良くないと行動データは溜まらない

では、どうやって行動データを取っていけばいいか、です。
アプリを作っても、ダウンロードしてくれただけでは何の良いデータも溜まりません。
ユーザーがひたすら高頻度に使い続けてくれるからこそ溜まっていくのです。

○「あれ? この人退会しそうじゃないか?」と気付けて対応できる
○ある行動パターンを見つけ、次の段階に移りそうな時にプッシュをする
○困っていそうな兆候を見つけて対応することでロイヤルティが高まりLTV(顧客生涯価値。Life Time Valueの略)の向上に繋がる。

このように「行動データを得るためにはエクスペリエンス向上が優先」ということは大きなポイントです。
「便利か、楽か、使いやすいか、もしくは楽しいか」といった体験品質が高ければ、着実に行動データが溜まります。辞めそうなタイミング、もっとプッシュすべきタイミング、助けられたタイミングがわかったときに、それをさらにエクスペリエンスに還元して、より良い体験を作っていくことができます。そしてまた行動データが溜まっていき、またさらに良い体験が提供できる。この「エクスペリエンス×行動データのループ」を作るということが、今の時代において最も重要です。

前半のまとめ 〜なぜUXが重要なのか?〜

  • ●「アフターデジタル」の世界では、行動データが多く得られる、という時代背景をまず捉えることが大切です。
  • ●あらゆる全てのものがオンライン化すると、たくさんの行動データが生まれます。行動データがたくさん生まれると、提供できる価値が変わります。それは最適なタイミングコンテンツコミュニケーションにつながります。そのためには製品を「売っているだけ」ではなく、ユーザーとなるべく寄り添って、高頻度に体験提供できるような形を作るという体験提供型にビジネスの焦点が変わります。
  • ●ただし、体験提供型になったときに、行動データだけ集めて体験提供できるわけではありません。とにかくエクスペリエンスが良くないと結局データが溜まらないし、最適なタイミングコンテンツコミュニケーションでの価値提供もできなくなります。
  • ●つまり「エクスペリエンス×行動データのループ」を作ることが欠かせません。

UXをアップデートする業務は共有と発想が肝要

ここまでのお話は、自著「アフターデジタル」の概論のようにざっとお話してしまいましたが、ここからはもう少しみなさんの実業に関わる部分をお話していきたいと思っています。

変化が速くなっている今の時代。変化自体も早ければ、思わぬところに競合がいたりするので、どんどん自分たちの足場が悪くなっていくような時代です。
これだけ変化が早いと、いかに体験や商品をアップデートできるか、いかに低コストで改善できるか、ということがすごく重要になってきますよね。そうしなければ他社にサービスを盗まれたり、近しいサービスをつくられたり、自社サービスを参考にしたプレイヤーに負けるという構造が生まれてしまいます。
ですから「UXのアップデート業務」というものがものすごく重要になってきている時代だと捉えています。そしてさらに、それがやりやすい組織体制を組んでおくということも重要になります。

UXのアップデートに必要な2つの活動

UXのアップデート業務には、大きく2つの活動があると思っています。
1.顧客体験の改善活動と2.新しい接点作りです。

どうしても今の日本の“DX”や“イノベーションを起こそう”というテンションの中では、この2.新しい接点作りにどうしても目が行きがちだと感じています。

例えば、EC事業者が電子マネー事業にも参入することのような、今まで接点を持っていなかった領域で新規事業を始めたとします。新しい顧客との接点を作ることによって、新しいデータを取得することができるようになります。WEB系のデータしかなかったところを、モバイルペイメントというリアルの世界の購買データを得ることによって、提供できる価値・サービスの幅をより拡張していこうということですね。

これに対して1.顧客体験の改善活動は、既存の顧客接点 −アプリや店舗、WEBサイト、コールセンターなど– から行動データをしっかり獲得していき、そこからUXを良くしていく活動です。これがないと、2.新しい接点作りは意味がないものになってしまいます。逆にこれができるようになると、新規事業も、先行者利益が得られる形にどんどんなっていきます。

どういうことかというと、コンビニA社が「実験店舗A」を出したときに、ユーザーの消費特性や来店状況から「もしかして、半分ぐらいの人はこういう機能を求めているかもしれないぞ」ということがわかったとします。まだ競合のコンビニB社、C社は始めてないことであれば、この情報を得たコンビニA社は有利です。当然ユーザー一人ひとりに体験を提供することも可能ですし、高い精度で新しい機能やサービスを付加することができるようになります。

行動データの時代、体験全体での価値提供へ

今までの話を総括すると、UXをアップデートし続けるUXチームがやはり必要だ、ということが非常に重要なポイントだということです。
ただ、注意したいのは、UXに取り組むチームが「UI(ユーザーインターフェース)・UX」と同時に捉えてしまっている場合です。

バナーやデザインをちょっと変えるだとか、少しだけボタンの位置を調整して導線を改善するといったケースは多いと思いますが、これは私が何とかして世の中の認識を改めていきたいと思っている部分です。UIはもちろん重要な要素ではあるものの、UXはUXとして捉えるべきです。
やはりこれからの「アフターデジタル」の世界において、UXを高めるということは、ビジネスの本丸になります。UXが低いと扱ってくれる人はほとんどいなくなっていきますから、結局ビジネスが成り立たなくなってしまいます。

「UXをアップデートし続けるUXチーム」が必須

このように、UXをアップデートするチームとは、デジタル戦略において最も重要なチームの1つと言えます。不自由を発見し、UXの絶えざる改善と新たなUX作りをする組織能力とチームが求められています。

UXをアップデートし続けるUXチームには、グロース業務のチームとコンセプトワークのチームがあります。

グロース業務チームでは、既存製品・サービスの問題点を発見し、とにかく直す、UXを改善していく。
コンセプトワークでは、市場を分析してユーザーが求めるものやライフスタイルを、新規事業を立ち上げるなどの方法で提案していく。
両方とも必要です。
ですが、1人で両方できる必要はなく、チームとして両方できる必要はあると思っています。

コンセプトワークと環境の設計

コンセプトワークで何より一番重要なのは「世界観」です。
順番としては(1)サービスの世界観を作る、(2)世界観を体現するような体験を作る、(3)体験を運用・運営していく、です。

ここでは事例を交えて、この世界観とはどういうものであり、テクノロジーやデータ・AIを使って運用していく環境をどう作るのか、ということをお話ししていきます。

中国のタクシー配車アプリのDiDi(ディー・ディー)を例に挙げます。私はDiDiが本当に秀逸なサービスだと思っています。
かつて中国のタクシーは、非接客業とも言えるほどにひどいものでした。それに対してDiDiは、「安心して快適に乗れて、ドライバーと乗客が温かい関係になれるタクシー体験」という世界観を追求していると感じます。

DiDiが中国のタクシー業界を変えるために行ったのは、まずドライバーの給与レベルを複数に分けることです。そしてレベル1、2、3のように分けて、ドライバーをスコアリングしました。普段からしっかりドライブしているとスコアが溜まり、スコアが一定溜まると、レベルが上がる試験が受けられます。それを繰り返し、レベルが上がるほど給料が上がる仕組みとなっています。つまり、このスコアリングの部分が非常に重要になるわけですね。

危ない運転をする人が多いので、DiDiはドライバーを、GPSやドライバー専用アプリを使ってスコアリングしています。GPSで速度を見て安全に運転しているか、遠回りのルートを選択していないか、あるいは加速度センサー機能の付いたドライバー専用アプリをいつも起動させておき、急ブレーキ急発進をしていないか、ユーザーとのアプリ上のメッセージにはきちんと対応しているか、キャンセルせずきちんと配車しているか、などを見ています。

一見、業務を監視されているように思うかもしれませんが、どちらかというとゲーム感覚に近く、「これを達成していけばスコアが上がる」と、みなさん頑張っているそうです。
頑張るとレベルが上がって給料が上がるので、ドライバーはひたすら給料を上げようとする。そうするとUXが高まる、という構造が作られています。DiDiの「世界観」では、安心して快適に乗れるというだけではなく、ドライバーと乗客が温かい関係になれることを重視しているからです。

「世界観」と「体験の自動化」

先程のスコアリングの方法を使うことによって、ドライバーと乗客はwin-winの関係をちゃんと仕組み上作れていることになります。ドライバーは、スコアを上げるために頑張っているし、ユーザーから見るとすごい真剣に接客してくれて、遠回りもせずに安心な運転で目的地まで届けてくれて、いいドライバーだなと思うわけですね。そうするとやっぱり人間関係もどんどん変わってきますよね。これが「世界観」と体験が自動化されている例になります。

グロース業務における人とデータ・AIとの共創

さて、このようなサービスをローンチした後に、グロースチームがデータを使ってどうやってサービスを良くしていくのか、運用の話に移ります。ビービットはこのグロースチームの能力をideation by date(アイディエーション・バイ・データ)という言葉で表しています。ここでもDiDiを例に挙げて説明していきます。

DiDiも、初めからうまくいっていたわけではありませんでした。

コンバージョン(特定のアクション)に直結するポイントでうまくデータが取れないとき、コンセプトワークチームとグロースチームのループが回らなくなってしまうことがよく起ります。
仮説は出せても確かめることが結構難しく、どういうソリューションを出せばいいのかを決めるにはものすごくヒントがいります。ユーザーとの距離が近い部分であればあるほど、「なんとなく信憑性が低いからかもしれない」とか、「入力負荷が高いのかもしれない」と比較的想像がつきやすいですが、ユーザーが普段使ってくれないところはコンバージョンに必ずしも直結しているわけではないので、想像がつきにくいものです。そんな時には我々もどうするかというと、ユーザーさんに直接当たりに行きます。「これって何が悪いんですか?」と実際に使ってもらいながら、行動を観察する、みたいなことを普段やっています。

とはいえ、ユーザーさん1人1人に当たっていくと時間もお金もかかってしまいます。ですからなるべく行動データからヒントを得られることができるようになると、「正解」に近づくスピードがどんどん早くなっていきます。アップデート能力というのは、やはり他社の追随を許さないぐらいのスピード感が求められますので、このポイントは非常に重要です。

例えば5つ星評価をつけるページで、滞在時間が15秒かかっていたとします。普通は星をつけるだけに、15秒もかからないはずです。こういったことがわかってくると「あれ? ここで何か悩ませてしまっているのかな」ということがわかってきますよね。
データとAIを使うことによって、「このユーザーはここで時間かかりすぎています。問題があるかもしれません。」ということがわかると、グロースチームはUX企画を考えて、その施策を講じ、そしてまたその結果が行動データで上がってくる、というサイクルが回せるようになります。

この観点いうと、UX人材でポイントになるのは、実はグロースチームです。
コンセプトワークができる人は、新規事業を作ることに近く、かっこよくてすごく重要そうに映りがちですが、誰しもこれができるわけではありません。
それこそビービットも、コンセプトワークができる人はある程度経験があるベテランのコンサルタントメンバーだけです。
グロース業務では、小さい課題を行動観察から見つけていき、それに対して改善をすることでユーザーを理解する能力がどんどんついていきます。それによって徐々にコンセプトワークの能力が育っていくものだと思っています。

後半のまとめ 〜UXをアップデートし続けるために重要なこと〜

  • ●行動データの時代、提供すべき価値を共有して、ユーザーの理解を常日頃行い、UXをアップデートし続けられるUXチームが、今まで以上に求められています。
  • ●UXチームにはグロース業務とコンセプトワークという2つを、共有された「世界観」のもとで行っていくことが重要です。起点となるのはグロース業務のチームです。ここでユーザーの状況をとにかく理解して改善することができるようになると、もっと大きなものが作れていくようになり、新しい機能開発もできるようになります。
  • ●データとAIをインサイトの補助として使い、成功パターンと失敗パターンを理解して、課題の発見と解決策の発想に活用するべきです。

<講師プロフィール>

株式会社ビービット 執行役員CCO 兼 東アジア営業責任者 一般社団法人UXインテリジェンス協会 事務局長 藤井 保文

1984年生まれ。東京大学大学院修了。
上海・台北・東京を拠点に活動。国内外のUX思想を探究すると同時に、実践者として企業の経営者や政府へのアドバイザリーに取り組む。
政府の有識者会議、FIN/SUM、G1経営者会議など「アフターデジタル」に関する講演多数。
アドバイザリーでは小売、金融、メーカー、インフラ等の様々な企業において、UX/DXから経営やビジネスモデル、顧客価値を抜本変革する取り組みに関わる。AI(人工知能)やスマートシティ、メディアや文化の専門家とも意見を交わし、新しい人と社会の在り方を模索し続けている。
『アフターデジタル』シリーズ(日経BP)の続編であり、実践的な方法論を記した『UXグロースモデル』と、オンラインフェス「L&UX2021」における世界のトップリーダーの議論をまとめた『アフターデジタルセッションズ』を、2021年9月に2冊同時出版。
AFTER DIGITAL Inspirationでは編集長として情報を発信中。

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