2021.08.06 Fri.

「デザイン×ビジネス×テクノロジー」の思考が標準に ~オンラインフェス「L&UX」総括

2021.08.06 Fri.

「デザイン×ビジネス×テクノロジー」の思考が標準に ~オンラインフェス「L&UX」総括
ビービットは2021年5月17日~28日、世界最先端のUX・DXの議論を議論する大規模なオンラインフェス「L&UX」を開催しました。示唆に富んだフェスについて、6月29日に行った「アフターデジタルキャンプ」にて藤井保文が総括しました。

UXをテーマにした“フェス”の学び

国内外から32名のリーダーたちを迎えて開催した「L&UX」は、好評のうちに幕を閉じました。私は全体の企画と、いくつかのセッションのモデレーターを担当しましたが、経営とDX、そしてUXの交わりに関して非常に多くの学びがありました。10本のセッションと4本のライブディスカッションを通して得られたインサイトを、大きく4つ解説したいと思います。

(目次)
1.ビジネスの価値の源泉はUXになっている
2.時代変遷に見るUXとイノベーションの変化
3.体験価値を高めるための組織体制
4.ビジョンとUXを「育てていく」感覚

1.ビジネスの価値の源泉はUXになっている

まず、「ビジネスの価値の源泉はUX」という考えを、経済界のリーダーから聞かれたことが非常に感慨深かったです。このメッセージは、アフターデジタルの概念を発信するなかで一貫してお伝えし続けてきたことだからです。

数々の企業再生を手掛けたIGPIグループ会長の冨山和彦さんは、「価値の源泉はもう製品からUXに移行してしまっている。今の経営者はこれが分かっていないといけない」と語られました。リアルな製品から、デジタルが前提のUXが価値の源泉になると、今までのように製品自体に価値を代弁させることができません。そこで必要なのは、UXにおける全体のジャーニーから重要な部分を抽出し、社員やユーザに伝えていく、抽象的な考え方です。ただ、日本の特に製造業の経営者は抽象思考が苦手なので、この点がまさに課題になります。

この変化は、二次元から三次元へ、たとえるなら緯度・経度が明確な地上戦から座標がない空中戦への変化を伴います。それについていけないと、今後の競争力を失うということです。

Zホールディングスの川邊健太郎さんも、CUXO(チーフUXオフィサー)の重要性を強調されていました。特に複数の事業やサービスがある場合、ひとつの体験価値としてまとめていくことで、より強みを発揮できます。それを担保するのが、まさにCUXOやCXOになるわけです。ヤフーとLINEが統合したZホールディングスでも、サービスがあまりに多岐にわたるので難易度が高いですが、CUXOの設定を準備中だそうです。

また、たとえば楽天の三木谷浩史社長のように、創業者が強いビジョンの下でサービスを開発している場合、社長自身がCUXOのような存在になる……という考察も興味深かったです。するとCUXOには、創業社長が描く理想像を代わりに描ける人が必要になります。そういう役職や組織を置けるかどうかが今後の企業の課題になる、と指摘されていました。

UXという言葉を提唱したドナルド・ノーマン氏は、一貫して「UXはデザインやアプリのUI/UXやユーザビリティといった狭い話ではない」と発信されています。冨山さんや川邊さんのお話を加味すると、UXの射程は、人々や社会における課題を見つけ、そこに企業としてどのような価値を提供するか、ビジョンをどのような体験として具現化するかまでが含まれると言えます。

UXの重要性がビジネス領域にまで浸透した結果、UX設計とは「デザイン・ビジネス・テクノロジー」の3つを統合してどういう体験を提供するのか、と言い換えられるようになったと思います。

2.時代変遷に見るUXとイノベーションの変化

DiDiのデザイン責任者の程峰さんや、MaaSの父と呼ばれるSampo Hietanenさんのお話からは、UXの重要性や扱いが時代によって変わっていることが整理されました。併せて、イノベーションの生まれ方や、それを促進する組織づくりについても明かしていただきました。

PCインターネット時代のUXデザインはすなわち画面のデザインでしたが、OMO時代では、リアルもデジタルも含めたあらゆるユーザ接点を扱うことになります。特にDiDiのように、利用者とドライバーの双方が「ユーザ」になる場合、視野を格段に広げる必要があります。すると、もはや社員の全員がUXの重要性を理解し、接点や体験を担保しなければいけない。特に中国の人口規模では、ユーザのリテラシーの幅も広いので、圧倒的に優れたUXを追求しているそうです。

程さんと話していただいた、出前館の藤原彰二さんも、ユーザと加盟店レストランの両方に向き合う事業を展開されています。同社でも縦割り組織の問題点を解消するため、組織横断のタスクフォースをつくってUX向上に努めているそうですが、その場合は人事評価がいちばん難しい、というお話がありました。

また、Sampoさんはオンラインとオフラインが融合した先のイノベーションの在り方として、他社との協業の必要性と、その際に求められるリーダーシップについて指摘されました。人々の課題に対し、複数社で取り組む場合、自社の利益だけを掲げては当然うまくいきません。皆のドリーム、あるいは“ジョイントビジョン”とも呼べるものとして、理想の生活イメージを描けるかが重要になります。

Sampoさん、CodeForJapanの関治之さん、Forbes Japanの谷本有香さんのセッションからは、デジタルが“目的化”した活動が完全に否定されていることがわかりました。世の中にはまだまだ「〇〇の技術を使おう」という技術先行のプロジェクトが多いですし、「よりよい車は?」など製品を中心にアップグレードを考えがちでもあります。技術や製品、現業にこだわらず、たとえば「もっとよい移動の形は?」など利用シーンや生活シーンから問いを立てることが大事です。

同時に、デジタルを前提に他社と協業するなら、おのずとAPI連携が必須になります。データを自社で囲い込む、という従来のルールを刷新し、自社の利益のみを追う発想から離れることの重要性も実感しました。

3.体験価値を高めるための組織体制

ビジネスにおける論理が変わり、UXが価値の中心になっている。その理由は、時代の変遷に伴い、UXの考え方やイノベーションを起こすための素地が変わってきているから……と述べました。では、こうしたことを、どのような組織体制で実行できるのか? を3つ目に挙げました。

Go-Jekのプロダクト責任者、Abhinit Tiwariさんは、横断チームが当たり前だと述べていました。ユーザへの貢献を最終目的にするなら、そのプロダクトの中で方向性の違うばらばらのチームをつくってしまったらその時点で負け、と言い切られていたのが印象的でした。

Abhinitさんと、ヘイの塚原文奈さんとの対話からは、サービスを強くするためのいくつかの共通項が見られました。たとえば、大企業はサービスをビジネスモデルから考えていきますが、それではうまくいきません。ユーザのインサイトからサービスや機能のタネを見つけ、テストを繰り返してビジネスに育てていくという順番が大事になります。また、ユーザテストやユーザに会って話を聞くことの重要性も、強調されていました。

体験価値を高めるために、どんな組織であるべきかという問いには、ユーザと直接接することを重視するという点がひとつの答えになるはずです。ユーザから得られたインサイトを車内にフィードバックし、改善していく、そのPDCAをどれだけ重ねられるかが体験価値の向上に反映されます。

前述のSampoさんも、リサーチとしてどのような生活になるとうれしいかをユーザにひたすら聞き、それをジョイントビジョンに反映すると言われていました。ここには共通の思想があると感じました。

個人的には、ユーザの反応を得て体験を改善し、喜んでもらえている実感を得られる組織にすることが重要だと考えています。体験設計は構想するだけでは形にならず、成長の実感や喜びもないため、日常的に成長や進化を感じられる仕組みがポイントだと思います。

4.ビジョンとUXを「育てていく」感覚

最後に、ビジョンとUXを育てていくという考えを挙げたいと思います。UXが経営マターに引き上げられた前提で、前述のジョイントビジョン、そして組織体制の話がどうつながるのかを読み解いてみます。

ジョイントビジョンと近い意味合いとして、慶應義塾大学の宮田裕章教授は「シェアードバリュー(共有価値)」という言葉を掲げられました。宮田さん自身がデータサイエンティストですが、シェアードバリューの構築にデータを関与させると、フィードバックの速度や改善の精度を高め、絶え間なく価値を磨いて発展させることができます。これはまさに、私が常にお伝えしている、ユーザに利用されればデータが蓄積し、それをもとにUXに還元していく活動です。

なのでシェアードバリューは、はじめから目指す像を明確に描くものではなく、大まかな設定の上でまず振り出してユーザにあてていくことが最も重要になります。そのなかで、具体的にどこを目指すのか、対話を通して明確化していきます。

本ライブディスカッションは、YouTubeで無料公開中(https://www.youtube.com/watch?v=5nOPDgbmU50)

同じ話が、KDDIの中馬和彦さん、東急の宮澤秀右さんとのライブディスカッションでも聞かれました。日本では、イノベーションもあらかじめ計画した上で起こすものだと認識されがちですが、その捉え方がそもそも違っている、と。あくまで「育てるもの」と認識すべきで、先がわからない時代にいかに不完全なまま挑戦するか、が大事になります。

その点では、ビジョンもUXも、やってみないと確定できないという側面が多分にあります。当座のサービスでも、どんどんユーザにあててフィードバックを得て、育てていく。その感覚を持つことが重要だと改めて感じました。

「L&UX」自体、初めての試みで、内容やその反響は想定以上の手応えがあったものの、運営の反省点は多くありました。来年はそれを活かし、より進化した「UXの祭典」をお届けできればと考えています。

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