2021.07.12 Mon.

アフターデジタル型事業作り ~UX型DXの推進現場から

2021.07.12 Mon.

アフターデジタル型事業作り ~UX型DXの推進現場から
昨年実施したAFTER DIGITAL CAMP 続アフターデジタル vol.9では、ビービットが各企業をご支援するなかで固まってきた「UX型DXの方法論」をご紹介しました。セミナーであるためあくまで概要になりますが、アフターデジタル2にも記されている方法論を本記事でもお伝えできればと思います。

ユーザが乗り続ける「バリュージャーニー」を作る

前提として、ビービットでは「DXの目的は、新たなUXを定義し提供していくこと」だと考えています。マイクロソフトは以下のように、デジタルトランスフォーメーションが必要な4領域を提示しています。これまでDXは業務プロセスや人事領域などから優先して着手されてきましたが、ほかの項目である「顧客とつながる」ことや「製品の変革」が起こると業務も人事も変わるので、本来はユーザとの関係性や製品サービス、もしくはビジネスモデルが先に変わってしかるべきだと言えます。

では、ビジネスモデルはどのように変わっていくのでしょうか。属性データから行動データの時代になると、企業の競争の焦点は「製品」から「体験」になります。購買の地点だけでなく、常に接点を持ち、データを取得しながらよりよい体験を提供していく。その際に大事になるのが、「バリュージャーニー」です。

従来の、製品サービスを大量に生産して売るという一方向的なバリューチェーンではなく、とあるボードの上にプロダクトやアプリやコールセンターなどの接点があり、この上にユーザが乗り続け、その体験に企業が寄り添うようなイメージです。

以下がバリュージャーニー作りの全体構想です。今回の動画は、この円の中を作るための方法論、特にいちばん上の「世界観」そしてその下の「ジャーニーボード」をどう作るかを解説していきます。

大前提は、「ビジネスモデルから考えない」こと

バリュージャーニーにおいて、「世界観」の確立は極めて重要なステップです。世界観とは、どのジャーニー(接点?)にも通底する、雰囲気や体験のトーンのようなものです。

世界観作りを解説する前に、大前提として「ビジネスモデルから考えない」ことにご留意いただきたいと思います。

企業がDXに取り組むとき、ここでは「新たなUXを定義し提供していく」とき、多くのケースで新しいサービスやモデルが模索されます。ただしその際に、ビジネスモデルから考えることは避けるべきだと考えています。これまでの企業の論理では、新規事業を構築する際にビジネスモデルが起点になることが通例だと思いますが、体験が重要になるビジネスで、どのような体験や価値をユーザに提供するのかが固まっていないのにビジネスの姿を構築するのは極めて難しいと言えます。

おおまかなビジネスのプランを見据えた上で、ユーザがどのような状況に置かれているかを考えたり、それに対してどのような価値が提供できるかを実際にユーザに体験してもらいながら精緻化していくのが、体験提供型ビジネスの構築の仕方です。逆に、そうでないと競争力の高いUXを作れません。

構築段階でユーザに体験してもらわず、ユーザ不在でビジネス化しようとするケースも多く目にしますが、持続するのは無理だと言い切ってもいいと思います。いくら机上で考えても、ユーザにあてていくと必ず改善点が見え、形が変わります。また、予想するほどそのビジネスが活きる「状況」が発生していなかったり、価値を享受できる人が少なかったりといった点も見えてきます。当初計画したビジネスプランからは、だいたい大きく外れていきます。

するとサービスの色(特徴?)が変わり、競合環境が変わり、押さえるべき業界構造も変わります。そして、優位性のある技術も変わります。1-2カ月かけてビジネスモデルを精緻に立案したところで、ユーザ不在で考えていくと無駄足になってしまうのです。ごく一部の天才クリエイターや、肌感が優れた経営者で自分自身がその体験を求めているユーザであるといった場合は、一般のユーザにあたらずとも体験提供型ビジネスを実現できることもありますが、極めてまれです。

もちろん、ビジネスを立ち上げる際には説明責任が発生するので、どのビジネスドメインを戦場とするのか程度は明確にし、その上で「ユーザの協力で精緻化していく」構造をお話しいただけるとよいかと思います。

「世界観」を作る ①企業の系譜と環境変化

では、具体的にどのように世界観を作っていけばよいのでしょうか。ビービットでは、以下の2つの観点を両方突き詰めて、世界観を構築しています。

ひとつ目は「企業の系譜と環境変化」を捉えることです。ビジネスアイデアをもって起業するのではなく、一度成功している大企業の場合、この2項目から「自社の置かれている状況」と「今の時代において提供すべき価値」を導き出すことが重要です。企業そして事業の2つのレベルで検討することが望ましいです。

「企業の系譜」とは何なのか、事例を用いて解説します。スターバックスはもともと、自分たちは自宅でもオフィスでもない「サードプレイス」だと打ち出していました。これはつまり、スターバックスが提示する世界観です。おいしいコーヒーを提供するだけでなく、居心地の良いサードプレイスでコーヒーを楽しんでもらうことを、自分たちの価値だとしたのです。

しかし「環境変化」の波はスターバックスにも訪れます。飲食業界のデリバリーサービスが浸透し、ラッキンコーヒーなどコーヒーのデリバリーも広がっていきました。ただ、スターバックスはサードプレイスであることを価値としていたので、当初デリバリーに参入しませんでした。届ける間にコーヒーの味や香りや温度が損なわれてしまいますし、ゆったりした空間も楽しんでもらえないからです。

とはいえ、デリバリーの利便性が高すぎて既存顧客もそちらに流れていくなか、同社もデリバリーサービスに参入しました。ただし、他社のように配達人が複数の届け先を回って時間当たりの効率化を図るのではなく、専属の配達人が1対1で届ける仕組みを整え、注文から5分や7分程度での配達を可能にしました。その分、価格も1.5倍ほどと高く設定されましたが、もともとのスターバックスファンを中心に受け入れられていきました。いわば、「どこでもサードプレイスになる」といった形で、自社の系譜を環境変化に合わせてアップデートしたわけです。

既存ビジネスをデジタル化する、ここでいうUX型DXのプロジェクトを推進する際、この「企業の系譜をどうアップデートするか」という思考が浅いまま進行してしまうケースがかなり多いと感じています。ビービットが知る範囲で、事業の成果を上げて会社自体も変化している企業は、自社の系譜を踏まえ、現状に対してあるべき形を問い直しています。

以下に、よくある「環境変化」をまとめました。スターバックスの例よりももっと長いスパンで変化を捉えると、戦後のモノが不足していた時代、大量生産によって粗悪品が生まれ安全や安心が価値になっていった時代を経て、今があります。価値が多様化し、各々が自分のストーリーや体験を味わう時代、画一的な"憧れのライフスタイル”は消失しています。

前時代に事業を確立して成長してきた大企業において、今この時代に事業にかげりが見えているとしたら、提供している価値が果たして時代に合っているのかを見直すべきでしょう。その重要性が表出したのがコロナ禍でした。企業単位で考えつつ各事業に落とさないといけないので、簡単ではありませんが、この要素にしっかり向き合って考えられて初めて、大企業のこれからの世界観を考えられると思います。

「世界観」を作る ②ペインポイントのゲインポイント化

世界観作りの2つ目の方法論として、「ペインポイントのゲインポイント化」と挙げました。簡単に言うと、「不幸せな状況」を「幸せな状況」に転換することです。単にユーザの課題や困っていることを解消するだけでなく、不幸せな状況を構造的に理解して、根源的に何がペインになっているのかを発見し、どうしたら幸せな状況に結びつくのかを考えていきます。

価値観が多様化する現代では、誰もが憧れるストーリーは作りにくくなっています。機能的な価値や利便性、たとえば「早く移動できる」ことは誰にとっても価値ではありますが、指標が決まっているので、勝てるプレーヤーは1社や2社に留まります。また「早く移動できます!」のような‟便利レイヤー”で訴求しても、そこに意味性がないので、世界観としては弱くなります。そのため、幸せな状況を作り出しながら、利便性ではなく意味性に共感を集めることが必要です。そうすることで、独自の強い世界観を作り出せます。

ステップとしては、まず「ユーザの置かれている状況」をしっかり理解することが第一段階です。ユーザに目を向けず、ユーザ不在のままペインポイントを見出すことは極めて難しいです。ここでも、一部の天才クリエイターや経営者ならユーザを介さずに一連を実行できることもありますが、私を含めてそうそう同じことはできないと思うほうが無難です。

ユーザが何にどのように困っているのか、実態とその構造を把握したら、次のステップとしてそれを解消するソリューションを検討していきます。

その上で、ペインの解消にとどまらず、さらに幸せな状況を作り出すにはどのような要素が必要かを考えていきます。

ここで注意していただきたいのは、ユーザの状況から出発することは必須だということです。よく、社内ワークショップと称して、ユーザやそのペインについてディスカッションしながらアイデアを出そうとするケースがありますが、世界観作りには向きません。短時間で大人数の話から寄せ集めたものの中には、発案者がこれまで長々と考えてきたことが反映された案もあるでしょうが、玉石混交になり、濃いものだけが残るわけではありません。

思考の発散や皆の納得感が必要なシーンではワークショップは有効ですが、論理的思考や事実の深掘りが必要な「世界観作り」には、ビービットでは一切採用していません。あくまで、ユーザへのヒアリングや、行動観察を含めたリサーチが基本です。

ジャーニーボードの設計 ~世界観とコア体験の関係性

世界観を作れたら、次にジャーニーボードの設計に入ります。ジャーニーボードとは、バリュージャーニーにおいて、プロダクトやアプリやコールセンターといったさまざまな接点が統合された場のようなものです。ジャーニーボード作りは、いわば「世界観を体現するUXを実際に構築すること」になります。

これらの接点をユーザが行き来する、つまり常にこのボードに乗り続けると、それだけ企業は行動データを取得でき、ユーザの状況をよく把握することができます。そのようにユーザに寄り添いながら、どのポイントで収益化するかを検討し設計していきます。また、ボード上の接点それぞれでの体験で、ユーザが感じる世界観に一貫性がないと、事業や企業の世界観は総合して弱くなり、共感を得にくくなります。

以下は既出図の再掲ですが、ジャーニーボード作りにおいて、「コア体験を作る/ユーザの成長シナリオを描く/高頻度接点を設計する/データ・AIを活用し、体験を自動化する」という4つの項目を挙げました。このうち、最も重要なのは「コア体験」です。

世界観を確立してからコア体験を見出すのですが、ここでもビジネスモデル同様、世界観を100%固めてから不可逆的に進めるのは難しいことを強調しておきます。コア体験を実際にユーザにあてて得られたフィードバックを世界観に反映し、新しくなった世界観をもとにまたコア体験をブラッシュアップする……というサイクルをクイックに回していきます。

また、間違っても、コア体験を作らずに事業化しようとするのは止めるべきです。世界観はあくまでコンセプトであり、世界観が強ければユーザを引き付けられ共感されるというわけではありません。コア体験がなければ、文字通り「絵に描いた餅」で終わってしまいます。

では、「コア体験」の定義と具体的な見出し方を解説していきます。コア体験の設計でよく好例に挙げるのは、中国の平安保険です。同社の「平安グッドドクター」というサービスが高い支持を集めています。日本のように医療サービスが整っていない中国では、良い医者にかかることがとても難しい状況があります。そのペインポイントに応えるサービスです。

特徴は、3つあります。以下にまとめましたが、チャットベースで医師の問診が受けられること、プラットフォーム上で医者を選んで予約できること、そして歩くだけで貯まるポイントシステムです。「平安グッドドクター」自体、保険業では頻度高くユーザと接点が持てないため、接点を増やす一貫で設けられたサービスですが、このうちコア体験は特徴1と2です。

コア体験とは、世界観と密接に結びつくものです。ペインポイントの理解と、それを踏まえてどのような世界観を提示するかは、具体的にどのようなコア体験としてユーザに提示するかとほとんど同義です。前述の特徴1と2は、ユーザに「これがあるから使い続けたい」と思ってもらえる体験になっています。3のポイントシステムもお得な仕組みですが、欠くことができないと思わせるほどではありません。

コア体験を作るには、いかに不幸せな状況をひも解くかがとても重要です。ペインポイントのゲインポイント化の部分で解説しましたが、困りごとを解消し、さらに幸せな状態にするのもクリエイティブが必要で簡単ではないことですが、立脚点は必ずペインポイントになっていないといけません。

加えて大事なのは、ペインポイントを点で捉えないことです。何らかの困っている状況は、点ではなく「システム」だと捉えてみると、根本的な解決策とさらに幸せな状態にもっていく方策のヒントが見えてきます。

「システム」とは、どういうことでしょうか? たとえば、共働き家庭で料理を担う母親のペインを考えてみます。「忙しいからミールキットを提案してはどうか」といった単純なソリューションでは解決できないことが、複雑な心理から見えてきます。以下に列記しましたが、「母として自分で作ってあげたい」「でも時間がない」「適当に作ると文句を言われる」「予算も考えなければ」等々、いろいろな観点が絡み合っています。

この中で、各人の価値観によって選択が分岐し、「とにかく時短で手ごろならいい」とか「やはりつくるしかない」といった暫定的な措置がとられるのですが、おかれているシステムはほぼ同じです。ある種のロジックで動く、ほとんどプログラムのようなものです。

「ユーザの状況を理解する」とは、ここまで読み解くことが必要です。仕組みやシステムを理解できると、たとえば「子どもに献立を選んでもらえればいい」といった浅い提案が浮かんだとしても「子どもは好物しか言わないから意味がない」と、ユーザにあてるまでもなく絞り込むことも可能になります。

この例の場合、価値観が異なるすべての母親を幸せな状態にもっていくのは極めて難しいと思います。なので、システムを理解し、その方々の構造的なペインを解消して、恒常的にストレスを減らしたり食事の時間が楽しくなったりするコア体験を考案・実装していくことになるでしょう。

たとえば健康バランスは前提として、次に優先度が高いのは平日の時短であり、予算はそこそこかけてもよいというユーザなら、週末に子どもと一緒にイベント的に取り組めるつくりおきミールキットといった案が考えられるかもしれません。

企業と事業の世界観に照らして、ユーザに試してもらいながら体験を改善していくことで、最初に構想したコア体験がブラッシュアップされていきます。また、世界観もユーザにより共感してもらえる形で磨いていくことが、持続性のあるUX提供につながります。

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