2022.02.24 Thu.

ユーザ行動を捉える意識が浸透 ~ 引越し見積もりサイト『引越し侍』が取り組むUX向上

2022.02.24 Thu.

ユーザ行動を捉える意識が浸透 ~ 引越し見積もりサイト『引越し侍』が取り組むUX向上
引越しの見積もり比較サイト『引越し侍』を運営するエイチーム引越し侍では、約3年にわたりユーザグラムを活用。ユーザ行動をしっかりと把握した上で仮説を立て、施策につなげることで、着実に成果を上げている。本稿ではアフターデジタル型業務の実践者とビービットの藤井保文が対談する新企画「AFTER DIGITAL GIG」から、「ファネルからUXへ~シーケンスデータで大きく変化したエイチーム引越し侍の施策設計法と今後の展望」の模様をお届けする。

■エイチーム引越し侍
・デザイン開発部 部長 中川翔太様
引っ越し見積もりが一番安い業者を選べる無料比較サイト【引越し侍】

■ビービット
・執行役員CCO 兼 東アジア営業責任者 藤井保文
・カスタマーサクセス サクセスマネジメント 猪股 新
・UXインテリジェンス事業部 プロダクトマーケティング(事業開発/営業開発)チームリーダー 佐藤 駿

毎月40本のA/Bテストで改善に取り組んでいた『引越し侍』

――進行を務めます、ビービットの佐藤です。今回は、お客様の体験の改善にビービットのユーザグラムを用いて取り組まれている、エイチーム引越し侍の中川様に登壇いただきました。ビービットの藤井、カスタマーサクセスを担当する猪股を交えて、お話しをうかがっていければと思います。
まず、エイチーム引越し侍の事業と中川様の担当領域について教えていただけますか?

中川さん:
当社は、ゲームコンテンツ・EC事業なども手掛けるエイチームのグループ会社で、引越し時に複数社の見積もりを比較できるサイト『引越し侍』を運営しています。その中で、私の部署であるデザイン開発部にはデザイナーとエンジニア、ディレクターが所属しており、隣のマーケティング部と連携しながらクリエイティブ業務にあたっています。例えば、この2年は毎月40本ほどA/Bテストを回し続けています。

――では、ユーザグラムの導入について、エイチーム引越し侍様に並走している猪股さんから教えてください。

猪股:
導入いただいたのはかなり前で、2018年の12月でした。翌年1月から3カ月間は、「スタートダッシュプログラム」と呼んでいるトレーニングに4名の方に参加いただき、行動データの分析方法を中心にスキルを習得していただきました。また、そのプログラム内のワークショップには、4名の方を中心にデザイン開発部から20名ほどご参加いただいたんです。その人数にも驚きましたが、皆さんとても意欲的に取り組んでいただき、トレーナーとして嬉しい限りでした。

ファネル型のアプローチでは「ユーザを捉え切れない」

――活気あふれる感じが伝わってきますね。ここから、今回掲げた3つのトピック「1.行動データ分析をサイト改善に導入した背景と課題、2.ユーザグラム導入による業務や組織の変化、3.今後の展望」を順にうかがっていきます。
まずひとつ目ですが、御社は以前からプロダクト開発やサービスのグロースを社内で推進され、内製の文化が強い会社という印象がありました。外部のツールを使うこと自体が珍しいのではと思うのですが、ユーザグラムの導入前に、どういった課題があったのでしょうか?

中川さん:
たしかに、これまでは基本的に社内でサイト改善をしてきました。ただ、引越し見積もりサービスを2006年から運営して15年目になり、さすがに自社だけでは頭打ち感があったというのが正直なところでした。
さまざまなツールや、コンサルティング会社も含めて数多く調べて20ほどに絞り込み、佐藤さんや猪股さんのお話を聞く中でユーザグラムに決めた経緯がありました。

猪股:
ご検討の段階で、ユーザグラムの「行動データを用いるアプローチ」に特に興味を持っていただきました。それが当時の頭打ちの解消につながると思われたのは、なぜだったのでしょうか?

中川さん:
頭打ち感の裏側には、「ファネル型だけの分析をしていていいのか」という危機感がありました。以前はユーザが見えている実感がなく、それが懸念だったんです。

ユーザグラムの説明で最も響いたのは、「迷いをなくす」方向性でCVRを改善していく点でした。ユーザ行動から、迷いながらコンバージョンした人を捉え、その人が迷いなくコンバージョンするようにサイトを変えていく考え方です。それがいちばんの近道だと。我々はそれまで、どちらかというと離脱してしまったユーザにいかにコンバージョンしてもらうかという発想だったので、ここは変えないといけないと思いました。

藤井:
私からもうかがいたいのですが、熱心にA/Bテストを重ねている会社さんだと、一定の効果は維持できる反面、根本的な課題が見えにくくなるという問題も起こりがちです。御社でもそうした難しさはあったのでしょうか?

中川さん:
はい。ファネル型の分析は合理的で、たしかにある程度は有効でした。ただ、おっしゃるようにA/Bテストだと、想定する行動を取らずにコンバージョンした場合もカウントしてしまうことがあるので、するとテストに基づく判断自体が正しさを欠いてしまいます。ほかにも、いわゆるA/Bテストをした際にツール上で有意差がついてしまったりして、これだけを頼りにできないと感じていました。

藤井:
すると、ユーザ行動の文脈というか、時間の流れをしっかりと把握していくことで、もっと深い分析とそれに基づく改善ができそうだ、と思われたわけですね。

中川:
そうですね。今振り返ると、1セッションの中でも、どんな回遊をしていたのかがつかめていなかった状態でした。

ユーザグラムの活用を通して生まれた共通の価値観

――では、2つ目としてユーザグラム導入以降の状況をうかがえればと思います。半年、1年くらいのスパンでは、業務や組織にどういった変化がありましたか?

中川さん:
初めの半年で、かかわる全員に「自分たちが把握できていない行動がとても多いよね」という共通の価値観が生まれました。
ユーザグラムを導入して一人ひとりのユーザ行動を見るようになると、我々が思っている以上に検索エンジンに戻ってしまっていることが分かりました。その離脱の間に、おそらく競合のサイトを見ているのだろう、と。このような視野の広がりが、ひとつの大きな変化でした。

ユーザ行動に注目するようになって、統計データの見方も変わりました。例えば滞在時間が80秒なら、何となくそれをピークに正規分布しているのだろうと思っていましたが、全然違っていたり。分散は細かく見ないといけないと思いましたね。これらはユーザグラムを導入して初めて気づいたことです。

藤井:
先ほど、皆さんに生まれた共通の価値観を教えていただきましたが、実は「ユーザ行動を見ていくべきだ」と舵を切れる会社さんはそう多くないんです。ビービットがご支援する中でも、頭ではユーザ行動の重要性を理解できても、やはりそれまでの積み重ねがあるせいか、なかなかチーム全体が納得する状態にならない。その点、御社ではどのように価値観が広がっていたのでしょうか?

中川:
使ってみるとおもしろいね、というポジティブな反応は最初からありました。同時にA/Bテストをかなり追求して勝率を追う中で、そこまで社内リソースを割くべきなのかという共通の疑問を皆が持っていたように思います。数多くテストを回してたまにホームランを打てるよりも、もう少し仮説の精度を高めて、継続的にヒットを打てたほうがいいんじゃないかと。
そんな中でユーザグラムを導入し、実際にA/Bテストの勝率が上がってきたので、皆が自信をつけていき、ユーザ行動を見ることが定着していったと思います。

サイト上だと気付きにくい“困りごと”が見抜けるように

藤井:
とても興味深いです。というのは、初めてユーザ行動をベースにしたサイト改善に取り組むと、これまで自分たちがどれだけ偏見を持っていたかが突き付けられたりもするので、おもしろいねとスッと入れる人ばかりではないんですよね。

中川さん:
それもわかりますね。ただ、私のチームの場合は「こんなに分かっていないのだ」という衝撃が、それまで抱えていた課題感と相まって「もうユーザ行動を知らずにはいられない」という前のめりな気持ちにつながったかな、と。
例えば実店舗だと、新しく導入した無人レジの仕組みに困っている人がいたら100%気付きますよね。でも、サイトだと数字を見ているだけではユーザの困りごとに気付かない。行動データを見ていると、そうしたことが見抜けるようになっていったので、それが私にとってもチームの皆にとってもありがたいことでした。

猪股:
先ほど、仮説の精度というお話がありましたが、実際にチーム内で仮説立ての会話が増えたりもしたんでしょうか?

中川さん:
はい、そうですね。以前は主観に寄りがちでしたが、「そもそもこの仮説はどのくらい信ぴょう性があるのか」を客観的に捉える時間が長くなりました。
まだ、他の職種や経営層にまでは浸透していないので、今後はチームの外にユーザ行動の重要性を訴えていかなければと思っています。

藤井:
具体的に、どういった観点を「チーム外にも知ってほしい」とお考えですか?

中川さん:
サイト運営者目線から、ユーザ目線へ、というところでしょうか。どうしても運営者の目線だと、各ページの来訪者数やそれこそコンバージョン数ばかりを追ってしまいますが、ユーザはそもそもCMから入ってきて、いろいろなページにランディングしたり再来訪したりしています。その中で、あるときにコンバージョンする。それがなかなか実態として感じられていないので、その意識をアップデートしたいです。
サイトを改善するという考え方ではなく「ユーザ行動を見て、それにそぐうように改善する」ことに、大きなポテンシャルがあると思います。

藤井:
そうした発想の浸透のために取り組んでいることや、予定している策などはありますか?

中川さん:
ひとつは、とにかく細かく成功事例を共有することですね。特に短期的にビジネス成果が得られたものが伝わりやすいと思います。実際、分析スキルやセンスが身についてきたことも手伝って、しっかりコンバージョンが上がっている施策が多いので「そもそもユーザ行動に注目したからこその勝率なんです」と印象付けています。
もうひとつは、少し中期的に、ユーザ行動に注目するとできそうなことを私のチームでまとめて発信しようとしています。

UXを高めて「気づいたら使っていた」状態を目指す

藤井:
“できそうなこと”が思いつくようになっているというのが、チームとして、組織として成長されていると実感します。ユーザ行動に注目する意義が、ぜひ経営層にまで届いたらうれしいですね。日本だとUI/UXの話がなかなか経営層に理解されづらく、現場の改善の話だと思われていることがすごく多いんですね。
たしかに最初は細かなペインポイントの発見と改善から始まるのですが、次第にサービスがどれだけ使われるか、シナジーをどう生み出すか、そこからどのように新しいビジネスモデルにつなげるか、といった観点も視野に入ってきます。それらもすべてUXの範疇だと思うので、今日お話をうかがって、これから御社が理想的なプロセスをたどりながら組織全体が変わっていく兆しを感じました。僕自身が、とても励まされる思いです。

中川さん:
その理想像になるように、引き続き頑張りたいところです。UI/UXに本腰を入れて取り組むのが、Web業界では今さらという感じもしますが、この3年で着実に成果が上がっているので、しっかりと継続していければと思っています。

猪股:
最後に今後の展望と合わせて、現在と比べてどうなると「UXが高まった状態」と言えるか、お考えをうかがえますか?

中川さん:
『引越し侍』に来訪するどんなユーザさんにも、必要な情報をいちばん見やすい形で提供することですね。今すぐ引越し見積もりが必要な人だけでなく、例えば引越しにまつわる手続きだったり、家具家電の買い物などを調べる中で来訪した人にも、得るものがあるサイトにしていきたいと考えています。無理に引越し業者探しにつなげず、そのサービスが必要なときにタイミングよく提供できるのが理想です。
当社が掲げる大きな理念に、「三方よし」の考え方があります。クライアントとエンドユーザ、そして当社それぞれにメリットがなければビジネスを長く続けられません。それを前提に、ユーザの方々が引越しが決まってから完了するまでに、ごく自然に我々と接点を持って「気づいたら『引越し侍』を使っていた」という状態を目指していきたいです。

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