2021.07.05 Mon.

サービサー・メーカー融合型モデル後編:平安保険のDXを紐解く

2021.07.05 Mon.

AFTER DIGITAL CAMP 続アフターデジタル vol.10、大手メーカー企業の方が抱えるDXの課題に注目した「サービサー・メーカー融合型モデル」、前編ではメーカーの取るべき道筋と、ありがちな落とし穴を整理しました。今回の後編ではそれを受けて、平安保険が如何にそうした状況を回避してきたのかを説明していきます。

平安保険グループの2本柱のビジネス構造

平安保険グループの事例をメーカーの転身という観点で読み解いていきます。書籍や基礎動画などでは「行動データの取得には接点が重要な時代。保険は接点の頻度が低いので、平安グッドドクターのようなサービスで頻度を高め、バリュージャーニーを構築している」といった文脈で紹介してきました。2015年ごろからアニュアルレポートで紹介されていた、以下の「5領域」を押さえる構造がありました。

そこから考えを進化させ、彼らは2019年に新しい概念図を アニュアルレポートに掲載しています。まず図を上から順に見ていただくと、いちばん上はワンポジショニングとして、グループ全体のポジションが三角形の中に標榜されています。すぐ下には「Pan Financial Assets」「Pan Health Care」、訳すと「汎金融」「汎健康」(※汎とは「広く」といった意味合い)とあり、この2つにフォーカスしていると記されています。それぞれのグロースモデルは「Finance+Technology」および「Finance+Ecosystem」。そしてその下に複数の柱があるとし、左側のブロックには保険、銀行、投資。右側のブロックには、改めて5つのエコシステムが記載されています。

順に解説すると、まず「Financial Services Ecosystem」は従来型の金融アセットではなく、例えばP2Pレンディング(個人間貸し借り)のような新しい金融サービスを指します。平安保険グループ傘下である、与信サービス会社のルーファックスも、ここに位置づけられます。

次の「Health Care Ecosystem」は、平安グッドドクターがこれにあたりますね。「Auto Services Ecosystem」としては自動車オーナー向けアプリがあり、「Real Estate Services Ecosystem」には家探しアプリがあります。最後の「Smart City Ecosystem」は、数年前の“5領域”にはありませんでしたが、おそらくここまでの4つをうまく統合して、町や市など自治体に対してスマートシティ化を推進するサービスになるのでしょう。

「汎健康」の柱で集客し、「汎金融」でマネタイズする

左側の「汎金融」と右側の「汎健康」の構造は、同グループが成長していく上で、非常によくできたモデルになっています。この2つは役割が異なり、端的に言うと右で集客し、左へ送客して、左で稼ぐという流れがあります。

汎金融の領域は、従来型の金融機能をテクノロジーで効率化しながらも、ビジネスモデルとしてはこれまでの「商品を販売する」モデルに留まります。一方、汎健康の側のサービスは、そのほとんどが黒字化していません。ですが、例えば平安グッドドクターは、医療サービスが決して整っているとはいえない中国で多くのユーザに受け入れられ、平安保険グループの認知と、日常的な高頻度の接触を支えています。

右の5つのサービスが、顧客の状況を理解するための行動データセンサーの役割を果たし、これらのサービスを使うことでユーザの「平安はいつもそばにいてくれて安心を担保してくれる」という顧客ロイヤルティを高めているのです。そして、必要な際には左の保険商品などを購入する。つまり右からユーザが入って左でモノを買い、また右で日常生活を過ごしながら必要な際に左で購入し、次第にロイヤルティが高まる構造ができあがっています。

結果、相当の規模の会社にもかかわらず、2019年時点で純利益が前年比39%増という驚異の数字が掲げられています。その大きな要因として、この「汎健康エコシステム」のデジタルサービス群から生まれた新規顧客の獲得が、全体の4割、1,490万人だったことがアニュアルレポートに記されています。中国の人口は10億人、そして日本と違って保険に入っていない人がまだまだ多いことを考えても、今後の伸びも相当になることが予測されます。

テック投資が活きるのは、優れたUX設計が前提

前述の「汎金融」「汎健康」を行き来する構造があるということは、保険契約者の多くが平安グッドドクターやルーファックスを使っているということです。平安保険の経済圏に囲い込まれているわけですね。当然彼らは、クロスセリングの状況もKPIとして追っています。

汎健康の側のサービスは、もちろん単体でのマネタイズも追求されながら、現状では赤字のものも多いです。ただ、それらは「集客とデータ蓄積の段階」「グロース段階」など、明確にステージを分けて管理されており、グループ全体の戦略に基いて展開されていることがわかります。

また、汎金融を最大限に効率化するためのテクノロジー投資も相当です。例えば、医療アドバイスAI「AskBob」はセールスの現場で役立っており、保険の営業担当者がユーザから質問を受けた際に不明点があれば、瞬時に適切な回答を出してくれたりします。また、審査のスマート化によって96%が自動処理され、平均3.8日の審査期間が10分になった、等も公表されています。

これらのテクノロジー投資と成果について注目いただきたいのは、「エクスペリエンスが優れているから」実現していると思われる点です。先の「96%が自動処理」とは、ほとんどアプリ上で行われているのでしょうが、それが実現しているのは日常的に便利なデジタルエクスペリエンスが提供され、多数のユーザに使われているからです。平安保険グループがテック企業であることは間違いないですが、テクノロジーに投資するだけで同様の成果を上げられるわけではないと思います。エクスペリエンスの充実が前提であることを強調しておきたいです。

「平安保険経済圏に乗り続けてもらう」という観点

平安保険グループの戦略を、サービサー・メーカー融合モデルの好例として解説してきました。メーカーがアフターデジタル時代に適応していくためには、前述の左と右の2本柱をどう見るかというのがとても重要な視点です。彼らは「サービサー」に転身しているのではありません。従来どおりのプロダクト販売ビジネス=左側の「汎金融」を磨き上げながら、新しいサービス提供型ビジネス=右側の「汎健康」のサービスで集客しロイヤルティを高め、相乗効果を上げる「サービサー・メーカー融合」を実現しているのです。

メーカー視点だと、製品販売をサービスで助ける構図に見えますが、平安保険の見方は違います。平安保険経済圏、あるいはひとつの生態系のように捉えて、そこでのカスタマージャーニーをUXの観点で「いかに良くしていくか」「いかに滞在し続けてもらうか」が考えられています。製品もひとつの接点であり、それがキャッシュポイントになっていますが、買うタイミング以外の期間もさまざまな形でユーザをねぎらったりケアしたり、と接点が発生しているわけです。

聞いた話では、平安保険の営業担当者が顧客宅からSOSを受けて、発熱した子どもをおぶって運んだこともあるそうです。平安保険が常に生活のそばにあり、困ったことがあれば助けてくれる、そうした信頼を得るための価値提供をしている点も重要なポイントです。

改めて、前提となる考え方を整理します。平安保険グループのようなサービサー・メーカー融合型を目指すなら、まず「UXモデル(体験提供型)への変革の重要性」を重々認識することが必要です。この新しいビジネスの必要性が高まっており、変革に着手しなければ生き残れないといっても過言ではありません。そのため、「目指すなら」と書きましたが、一定の思想の転換は必ず必要だと思います。

もうひとつ前提とすべきは、「生まれた行動データをエクスペリエンスに還元する」ことです。平安保険ではデータを効率化のために最大限活用していますが、同時にそのすべてがエクスペリエンスの向上にもつながっています。例えば、いかに優秀な営業担当者を育てるかという点へのデータやAI活用も、やがてはユーザのエクスペリエンス向上に寄与します。得られたデータをいかにUXに還元するかという観点が、徹底して考えられています。

逆に、日本企業でよく言われる「データをクロスセル・アップセルに使う」といった、企業視点で短期的利益を得ようとすることは、ほとんど見受けられません。この点も着目したいところです。フィンテック的な効率化や自動化も、UXモデルでの高頻度なデジタル顧客接点があって初めてたくさん使われる状況が実現しているので、優先順位やどこを起点にするかを間違えると、同じことをしてもまったく違う結果になると思います。

日本企業のDXへの適用 ――高LTV顧客を生み出すモデル構築

最後に、日本企業のDXへの適用を考えてみたいと思います。もっともお伝えしたいことは、「現状稼げているビジネス」と、「顧客を魅了し使い続けてもらえるサービス」を分けた上で、後者を「高LTVの顧客を作る次世代ビジネスモデルの検討」と位置付けて活動することです。

図の左側①と右側②で、明確に役割を分け、①の既存ビジネスで資金をしっかり稼ぎながら、②の次世代ビジネスモデルを打ち立てて、高LTVの顧客を生み出す構造をつくります。つまり、バリュージャーニーにずっと乗り続けてもらうUXと、既存事業の融合モデルを小さく試し、「高LTVの顧客を生み出すモデル」ができたら、顧客をこのモデルに流していき、移行してもらう、ということになります。②が構築でき次第、すでに一定のユーザを有する①から送客していく。そして生活の中で高頻度の接点を持ちながら、必要なタイミングで引き続き①で購買してもらう……という流れです。

ビービットではメーカー企業からの相談も多く受けていますが、サービス設計をしたり、UX型に移行しようとするとき、DX推進者側が、既存ビジネスを「このままではダメだ」と否定してしまうケースを良く見ます。「完全なる転換を目指そうとする、なぜならそれがDXだから」という主張は痛いほどよく分かりますが、ビービットの経験上、こうしたコミュニケーションには細心の注意を払うべきであると思っています。

特にメーカーの場合、あくまで本丸は①であり、既存ビジネスモデルでしっかり稼ぐこと。こちら側のアセットは自社のDNAとして、平安保険のようにテクノロジーで磨き上げて効率化や自動化を進めながら、良いプロダクトで売りを立てていくのです。

しかし、①だけでは時代遅れになっていき、このままではどんどん規模が小さくなっていくのは間違いないと思います。①とうまく送客連携できそうな新たなビジネスモデルを探る必要があります。平安保険のように、顧客と接点を持ち続ける構造をつくり、高LTVの顧客を生み出しながら運用していく形に転換できれば、すなわちそれが1つのDXの在り方であると言えるでしょう。なので②の柱でサービスをつくろうとするときも、サービス単体でのマネタイズや、そこで得られる行動データの分析や有用性も大事ですが、それよりも「高LTV顧客をつくるためのモデル構築」だと捉えるほうがスムーズです。こうした説明をすると、企業内のレイヤーが異なる方々も比較的わかっていただけて、意識がそろいやすいと感じています。

IDを確保して高頻度の接点を保ち、顧客との関係性を築いていけるサービスを開発して、このモデルに送客すれば一定の確立で高いLTVとロイヤルティが生まれる「装置」をつくることが重要です。この装置ができたら、①から②へどんどん送客することで、サービサー・メーカー融合型の高LTVビジネスモデルに移行していくことができます。こうした観点で、平安保険グループの事例は非常に学びが深いです。この2本柱を念頭に、ビジネスの転換を考えていただけたらと思います。

後編はここまでです。こうした最新事例は、引き続き本メディアにて今後も公開していきますが、AFTER DIGITAL CAMPの告知を受け取りたい方は是非 こちらの申し込みフォームより登録してください。メールをお送りします。

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