2021.04.19 Mon.

【動画】AFTER DIGITAL BASIC(3) 『事例:平安保険』

UX型DX推進の基礎を知る『AFTER DIGITAL BASIC』。
今回は、デジタルトランスフォーメーションの大成功企業「平安保険」の事例 についてお話しします。

お話ししている内容

  • 1. 背景にあった中国医療のペイン
  • 2. 生活に広げていく経済圏戦略 ~グッドドクターアプリ
  • 3. デジタルサービスで生活の役に立つことで、押し売りではなく保険を推奨できる

こんな方にお勧め

  • UX型DXに成功した姿のイメージを膨らませたい方
  • 新規デジタルサービスと既存事業の組合せ方について事例から学びたい方
  • 「平安保険」の事例について深く知りたい・チームメンバーに共有したい方

デジタルサービスで生活圏へ進出した平安保険

こんにちは、ビービットの藤井です。今回の動画ではアフターデジタル事例として、平安(ピンアン)保険の話をしていきます。平安保険は中国の中でも、デジタルトランスフォーメーションに大成功した大企業として知られています。それこそ4大保険の一角と言われるような企業なので、生保のシェアも変わっていなければ2位になっていますし、1988年創業でインターネットが普及する前に出てきた会社です。

生命保険というと、契約したら次に顧客接点が取れるのは事故にあったときとか、亡くなったときということさえありえます。顧客接点がとても少ないビジネスモデルの中で、平安保険では、これではなかなか次の時代を生き抜けないと考えていました。

話を進める前に、ひとつ前提として、平安保険自体は、保険だけではなく保険、銀行、投資という金融コングロマリットになっています。ただし少なくとも、生命保険という彼らの主要のビジネスでは、顧客接点の頻度が非常に低いことがネックでした。

これを踏まえた戦略が、図のような戦略です。中央に金融機能、つまり保険・銀行・投資を置きながら、外側にある医療や飲食や住居や娯楽といったところ、いわゆる生活圏にデジタルサービスで出ていったのです。

その中で様々なサービスが作られ、当然潰れていくものもありながら、いくつかうまくいったものもありました。そのうちの一つが医療系アプリ「平安グッドドクター(平安好医生)」です。このアプリはなんと、ユーザ数が3億人、マンスリーアクティブユーザつまり毎月使っている人も7,000万人です。中核事業ではない、脇で始めたサービスでこれほど集客しているのはすごいことです。

「良い医者を選びたい」という課題を解決するアプリ

なぜこのようになったのかを理解するには、中国の昔の医療の状況を少し踏まえないといけません。昔といっても5年、10年前です。私は上海に住んでいますが、上海の町医者さんを見ても、本当に品質がピンキリです。ひどいケースだと、適切ではない処方箋で体の具合がより悪くなったり、ぼったくられたりすることも。日本では考えられませんが、そういったお医者さんもいるし、ちゃんとしたお医者さんもいるという状況があります。

なので、どこにちゃんとしたお医者さんがいるのかがわからないことが、難しいポイントです。すると、皆さんが有名な病院に集まっていきます。中国の人口は大量なので、朝8時には長蛇の列ができ、ドアが開いたら途端に皆が走って整理券を取りに行く。もみくちゃになって取れた整理券は3日後だったりするのですが、それで怒るわけではなく、今度は2枚整理券を取って1枚売り始める……日本では想像できませんが、整理券のダフ屋が成立するのです。

一方で、町医者や開業医の側はどうかというと、社会貢献しようと信念をもって医者になり、これから頑張ろうとしている人がいても、周囲にそれが伝わりません。なのでそうした医院には一切人が集まらず、ただ有名な病院では前述のように3日待ち、7日待ちなどになっている。

そうした中国の医療事情に目をつけた平安保険がリリースしたのが「平安グッドドクター」というアプリなのです。主要な機能3つ紹介すると、まず1つ目は「年中無休の無料問診」です。問診はオンラインで、チャットで状況を伝えると、2分以内に「安静に」だったり「何科を受診して」といった回答を無料で返してくれます。今、こうしたサービスは日本でもかなり出てきていますが、平安ドクター自体は2014年からスタートしており、日本の類似サービスがベンチマークする対象になっています。

いざ病院に行くとなったら、2つ目の「医者ベースでの予約が可能」な点が機能します。例えば「整形外科 平安おすすめ このあたりの近く」などと絞り込むと、300m以内、1km、2㎞と家に近い順に次々と病院が提示されます。行きやすい病院を選ぶとお医者さんのリストが表示され、詳細情報として卒業大学や論文歴・受賞歴、ユーザからのフィードバック評価、また「私の専門はこういった領域です」などの本人の記述などを確認できます。これらを通して、今度はユーザ自身が「このお医者さんでいいか」を判断できるわけです。

このお医者さんで良さそうだとなったら、下にスクロールすると予約フォームが出てきて、空き状況を見ながら都合のいい日時を予約したり、混んでいるから他の医者にしよう、などを判断できます。こうした一連を行えるのは、本当に大きな変化です。

オンライン無料問診と予約の機能だけで、やはり中国の医療事情がガラッと変わり、今では本当に行政関連の医療の中でも、「診療を受ける」ということが最も簡単なことである、と言われるようになっています。

ただ、この医療の話だけでは、顧客接点の頻度としてはそこまで多くはなりません。そこで、3つ目の機能「歩くだけで貯まるポイントシステム」が設定されています。近しい仕組みは日本にもありますが、少し工夫がされていて、その日に歩いた歩数はその日のうちにしかポイント交換ができないようになっています。8,000歩歩いたら、夜12時までに8,000ポイントに換金しておけば、日用品や医薬品、美容品との交換にそのポイントを使えます。

するとつまり、その日のうちにしか換金ができないので、夜12時までにアプリを絶対開いて換金しますよね。毎日毎日、そのアプリを開く習慣ができるわけです。アプリを開いて、どの商品と交換しようかなと見ていったり、健康関連の情報やライブストリーミング番組などをついでに閲覧したりしていく。アプリ利用がどんどん習慣化されていく……というのが3つ目の機能です。

アプリは「営業ツール」 継続して接触し保険加入増

さて、ここまでお話しすると、多くの方から「ポイントを提供するばかりでは赤字では?」と、マネタイズについて質問を受けることが多いんです。このアプリがどういう役割を果たしているかというと、実は平安保険にとっての営業ツールだというのが正しい考え方です。

中国だと、それこそ保険の押し売りのようなことが日本よりもハードに行われていますが、平安保険の営業担当者は押し売りをせず、代わりに「このアプリを入れてもらう」という行動をとります。保険自体を渋られたら引き下がり、アプリを紹介する。ユーザとしては、歩くだけでポイントが貯まって商品を得られるし、無料なので損はありません。さらに、高齢の方だとアプリのダウンロードや利用が難しくなるので、営業担当者は、目の前でユーザにダウンロードしてもらい、使い方を教えてから帰ってくる……ということをしています。

当然ユーザからすると、押し売りもされず良いものを紹介してくれて、少し信頼できる人なのかな、といった印象でこのタイミングは終了です。ただ、しばらく間が空くと、今度は平安のシステム側からコールセンターに連絡が行き、「この前営業したユーザAさんが今、病院の予約をしました。予約前にこういった情報──例えば、ガンについてだとか、子どもの今後の資産運用について──を見ているので、こういうトークで電話をかけてください」と指示が出されます。

それを元にコールセンターから電話をかけます。もちろん、病院を予約しましたよねと言われるのは気持ち悪いので、「最近のお加減はどうですか、病院に行かれたりされていませんか」などと聞いてみる。すると、自然と病院の話になったりするわけですね。

私が実際に中国でユーザヒアリングを実施する中で聴いた話では、営業担当者がベビーシッターをかって出たケースもありました。日本では少し怖いと思われるかもしれませんが、中国では少し遠い他人が子どもの面倒をみることはよくあります。営業担当者が連絡したタイミングで困りごとを聞き、人手が要りそうだとなったら拠出したり、最適なアドバイスをしたりする。そうしたことが重なると、おのずと信頼関係が生まれます。

中国ではそこまで保険に対するリテラシーが高くないので、自分で細かく比較検討するより、いつも助けてくれる人に、信頼できる人に頼もうということになり、成約につながっています。実際に2019年、前年比で平安グループ全体の純利益は39%増加しています。レポートでも、この利益増の主な理由のひとつにデジタルサービスを介した新規顧客の流入が挙げられ、新規顧客の4割もがデジタルサービスから成約した方というデータが示されていました。

こういったサービスと、もともとの保険ビジネス、また保険から派生する銀行や投資の金融コングロマリットとしての金融機能をうまく連動させて、顧客の状況を可視化する。そして、最適なタイミングで営業をしたり信頼獲得をしたりすることで、今、大きな成果をもたらしているのが平安保険の事例です。日本のDXにおいても、かなり参考になる事例だと思います。事例のご説明は以上です、ありがとうございました。

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