2021.07.01 Thu.
サービサー・メーカー融合型モデル前編:メーカーが陥るUX型DXの落とし穴
2021.07.01 Thu.
顧客接点頻度が少ないメーカーは、3レイヤーの下層に
今回は、これまでも各所で紹介している平安保険グループを例に、メーカーがいかにサービサーの要素を取り入れていけばいいのか、両方が融合した「サービサー・メーカー融合モデル」の在り方をひも解いていきます。
まず、アフターデジタル型産業構造についておさらいします。膨大に行動データが得られる時代、製品提供から体験を提供するビジネスへと、企業競争の焦点が変わっています。すると従来のバリューチェーンではなく、ユーザが常に企業と接点を持ち続けるバリュージャーニーを構築する発想が重要になります。
それに伴い、産業ヒエラルキーの構造が大きく変わっています。今までは良いモノを安価につくれることが競争優位の要因でしたが、顧客の状況をいかに細かく精度高く知っているかがそれに代わっているため、図のように決済を軸に顧客の生活に溶け込んでいる決済プラットフォーマーが上位に位置します。次に、それらと連携し、ユーザと常に接点を持って体験を生み出すサービサー。そして、購買以外の接点をほとんど持たないメーカーは、その下に位置づけられるのが現状です。
アフターデジタル時代にメーカーが取り得る3つの道
以下、メーカーのメインストリームである①と②を中心に解説します。
①メーカーのレイヤーで、良いモノをつくり続ける
ここではまず、AmazonやGoogleなどに対して交渉力を持てるほど、商品力を高める必要があります。ただ、それが叶っても、顧客接点を高頻度に持てないという問題は残るので、従来のように商品力一本では勝ちきれないという難しさは残ります。そのため、完全なるメーカーから一歩進めて、サービス的な要素を取り入れる事例が出てきています。
①の手段は、大きく2つあります。D2Cブランド化と、サブスクリプション化です。
①-1:D2Cは「ダイレクト to カスタマー」の略なので、いわゆる直販だと思われがちですが、それは表層的な見方です。昨年話題になった書籍『D2C』(Takram 佐々木康裕氏・著)には「『世界観』と『テクノロジー』で勝つブランド戦略」というサブタイトルがつけられていますが、私もD2Cとは直販ではなく世界観で売るモデルだと捉えています。世界観を構築し、そこに共感して、つながりを密にしていくブランドのあり方です。
例えばユーザ参加型の商品開発をしたり、ブランド発の雑誌をつくったりすることで、接点を高頻度化していく。そうすることでサービサーのような立ち位置になれます。
ただ、大企業に向かないともいわれています。というのは、ハイタッチやロータッチといわれる接客を中心に、一人ひとりとかなり密に接することが重要なモデルだからです。そのため、一定規模より拡大することが難しいんですね。売上500億円をひとつの境に、これを超えるとラインアップの拡張やマス広告の出稿などが始まり、結果として小さくとがったD2Cブランドらしさが失われ、従来型の小売の勝負になっていく。そうしたケースも多く目にしてきました。
①-2:サブスクリプション化も、理解が人によってまちまちです。電気やガス、携帯料金のような単なる定期課金型のサービスと、音楽や映像配信のようなデジタル型のサブスクリプションサービスとは、分けて考える必要がまずあります。後者を「サブスク2.0」とすると、2.0のポイントは、デジタルで可視化することで離脱を防ぐモデルを構築できることです。離脱しそうな行動を検知して、クーポンを発行したり好みにぴったり合うコンテンツをお勧めしたりすると、離脱防止につながります。
このモデルも向き不向きがあり、モノのサブスクは往々にして成功率が高くないと感じています。ただ定期的に商品が届くだけになりがちで、新しいビジネスが生まれているか、得たデータを活用できているかというと、その観点には足りない事例が多いです。
一方、音楽や映像など無形商材のサブスクはそれ自体は好調でも、見方を変えると良いことばかりでもない側面もあります。SpotifyやApple Musicなどが一般化したことで、音源の売上としてはCDのみの時代より縮小しています。ただ、音楽の視聴行動は増えているので、結果としてライブやグッズで儲かる状況が生まれ、それらを含めた音楽業界全体の規模は成長しています。サブスクに踏み切る際は、このあたりの視点を慎重に整理する必要があると思います。
②サービサーを目指し、LTV型のビジネスモデルへ転換する
②は、例えばトヨタ自動車がメーカーからモビリティのプラットフォーマーを目指すと明言しているように、XaaSといわれるサービス型へ進化する道です。モノづくりよりサービスの充実を強化し、顧客接点を高頻度で獲得して、これまでの売り切り型モデルではなく「一人の顧客から生涯どれくらいお金を払ってもらうか」というLTV型モデルへとビジネス構造を転換していくことが必要です。
ただ、問題は、良いモノをつくって売ることに最適化してきた組織は、UXを構築してサービスを提供することでLTVを高めていくビジネスの発想に転換するのが極めて難しいことです。会計モデルもSaaS化しなければいけないので、本腰を入れた改革が求められます。
あるいは、デジタルサービス化という手段もあります。例えばナイキのランニングアプリや、コカ・コーラ社の「Coke ON」なども、その一種です。
③増えていくサービサーを相手にBtoBプラットフォーマーへ転身
③についても少し触れておくと、先の構図で中段のサービサーレイヤーが勃興することを見込んで、彼らを支援するBtoBプラットフォーマーの立ち位置をとることです。
大手メーカーの方ならおわかりかと思いますが、喫緊の脅威は既存の競合というより、D2Cとして小さくとがったブランドが楽天やBASEなどにどんどん出店し、それらに0.001%ずつシェアを奪われ、5000社重なれば5%のシェアを失う……といった事態です。なので、むしろそれを逆手にとり、小さなブランドをサポートする立場に回るわけです。例えば丸井さんは自社が有する「場」を、リアルに出店したいD2Cへ提供し、店舗運営のノウハウ面などでもサポートしています。
これをメーカーに転用して考えると、例えば自社が抱える製造工場、素材やパッケージなどのパターンを使って、むしろD2Cブランドがモノづくりをしやすくなるプラットフォームを作る、またはOEM的な活動をする、などのアイデアが有り得ます。
以上、3つのパターンを紹介しましたが、総じてこうした企画は、以下のような「よくあるハードル」に阻まれて失敗してしまう事がほとんどです。
【よくあるハードル1】そもそもリカーリング(繰り返し)型ビジネスモデルの経験もノウハウもない。
この点は時間がかかっても、メーカーの方々には乗り越えていただきたいところです。アフターデジタル時代において、UXの提供やUXチームをつくることは最重要ケーパビリティと言えますので、なるべく早く着手することをお勧めします。
【よくあるハードル2】サービス単体では会社を説得するだけの売上規模が見込めない。
赤字覚悟の採算度外視で急激な成長を狙うスタートアップや、ニッチマーケットに深く刺さるようなD2Cと戦う構図になりますが、そうした会社に対して、これまでマスをターゲットに単年・単月で如何に売り上げるかという従来型のビジネスロジックで挑んでも、なかなか勝てません。従来の製品売り切り的な評価体系でその新規サービスを見てしまい、結果として勝てない構造に陥る、という状況がよく起こっています。
【よくあるハードル3】サービス型のモデルと融合ができない。
大企業の場合、上記2つのハードルを解決しようとして、デジタルサービス企業を買収することもありますが、一向に融合できないというのが3つ目のよくあるハードルです。単に「サービスが必要」という思いに端を発して買収されることが多いので、買収された側も戦略理解が浅かったり、買収した側もそのサービスを生み出し育んだ企業文化をおろそかにしてしまったりする。本来は、企業文化も伴って融合させ、本気で勝負すべきなのですが、どうしても買収する側・される側という構造になるとなかなかそこまでの融合に至らず、戦略と文化の理解が浅く、失敗に終わるケースがよく見受けられます。
後編では、こうした状況を免れてDXを実現した平安保険グループの事例を、メーカーからの転身という観点で読み解いていきます。
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